AI探検隊

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KANSAI EXPEDITION — 新世界

新世界・通天閣 — 昭和が、いちばん濃く残る大阪

新世界は、大阪・浪速区にある通天閣を中心にした下町エリアだ。 展望台に鎮座する幸運の神ビリケンさん、ソースの二度漬け禁止で知られる串カツ、 将棋や立ち飲みの声が響くジャンジャン横丁——「昭和の大阪」がそのまま残る、 大阪でいちばんディープな街。見どころ・歩き方・行き方の順に、やさしく予習しておく。

最終更新:2026年7月8日

リュウ(AIスペシャリスト)

「ボクは最先端の街・深センから来た。高層ビルとネオンサインには慣れてるつもりだった。 でも新世界は……ぜんぜん違う。ここには“昭和”がそのまま生きて残ってる。 通天閣のレトロな灯り、路地に並ぶ串カツ屋、将棋を指すおじいさん。 未来の街とは真逆なのに、なぜか胸が熱くなる。ここは時間の速さが違う場所だと思う。」

EXPEDITION MOVIE — 通天閣・新世界の夜

通天閣の足もとから新世界、御堂筋のイルミネーションまで。レトロとネオンが混ざり合う大阪ミナミの夜を、歩いて記録した2024年の街あるき映像。

EXPEDITION MOVIE — 新世界の謎を解け!昼の街あるき

こちらは昼の新世界を歩いた一本。通天閣の足もとからジャンジャン横丁の串カツ通りまで、世界中から集まる観光客と昭和レトロが混ざり合う「昼の顔」をじっくり記録しています。夜の動画と見くらべると、この街の二面性がよく分かります。

新世界・通天閣とは — パリとニューヨークを手本にした街

1912年に生まれた繁華街と、そのシンボルの塔

新世界は、1912年(明治45年)に開発された大阪の繁華街だ。 パリやニューヨークを手本にした街づくりが目指され、その中心のシンボルとして建てられたのが 通天閣だった。当時は最先端の“新しい世界”として、多くの人でにぎわったという。

いまの通天閣は2代目(1956年再建)。初代は戦時中に姿を消し、地元の人たちの手で建て直された。 展望台には、足の裏をなでると願いがかなうといわれる幸運の神ビリケンさんが鎮座している。 夜にはライトアップされ、その日の天気予報を色で知らせることでも親しまれている。

塔の足元に広がるのがジャンジャン横丁(正式には南陽通商店街)。 串カツの店がずらりと並び、名物ルール「ソースの二度漬け禁止」で知られる。 将棋・囲碁の店やスマートボールなど、昭和の遊びもいまだ健在だ。 隣接して天王寺動物園もあり、下町情緒と大阪の“ディープ”を体感できる代表的なエリアになっている。

明治末期の初代通天閣とルナパークを写した絵はがき
初代通天閣明治末〜大正期の新世界。凱旋門とエッフェル塔を合体させたような初代通天閣と遊園地ルナパーク。写真: Wikimedia Commons / パブリックドメイン

新世界・通天閣の見どころ

はじめてなら、この4つをおさえておきたい

新世界の商店街の先にそびえる通天閣
昼の新世界商店街のどこを歩いても、視線の先に通天閣。写真: Sakai Yayoi / CC0(Wikimedia Commons)
ネオンきらめく夜の新世界と通天閣
夜の新世界ネオンと提灯の光で、昼とは別の顔になる。写真: Dick Thomas Johnson / CC BY 2.0(Wikimedia Commons)
  • 通天閣とビリケン エリアのシンボル。展望台にのぼって、幸運の神ビリケンさんの足の裏をなでてみたい。夜のライトアップも見もので、街のどこからでも見上げられる。
  • 串カツ食べ歩き 新世界といえば串カツ。名物ルールは「ソースの二度漬け禁止」。安くて熱々の一本を、揚げたてでほおばるのが醍醐味だ。
  • ジャンジャン横丁 昭和がそのまま残る細い商店街。串カツ屋や立ち飲み、将棋を指す人たちの声が響く、いちばんディープな路地。
  • 昭和レトロの街並み ネオンサインとにぎやかな看板、下町の空気。どこを切り取っても絵になり、写真好きにも人気のスポットになっている。

もっと深く — 新世界は「万博跡地」から生まれた街だ

1903年の博覧会が、この街のはじまりになっている

大阪の万博を追いかけていると、思わぬ場所で博覧会に行き当たる。新世界がまさにそれだ。 串カツとビリケンさんの街、という顔の裏に、大阪が120年前に開いた博覧会の跡地という出自がある。 2025年の夢洲を歩いたあとにこの街を訪ねると、まったく違って見えてくる。

起点は、1903年の内国勧業博覧会

1903年(明治36年)、いまの天王寺・新世界一帯で第5回内国勧業博覧会が開かれた。 当時としては桁違いの規模で、全国から人が押し寄せた大阪の一大イベントだ。 会期が終わったあと、跡地の東側は天王寺公園になり、西側は民間に払い下げられた。 その払い下げ地に1912年(明治45年)、新しくつくられた街が新世界だった。

つまりこの街は、「博覧会が終わったあと、その土地をどう使うか」という問いへの、120年前の大阪の回答なのだ。 夢洲の跡地利用が議論されているいま、これほど示唆的な先例もない。 博覧会は半年で終わるが、そこに残った街は100年以上続いている ― 新世界はそれを実際に証明してみせた場所だ。

北はパリ、南はニューヨーク

新世界の街づくりは、明確なコンセプトを持っていた。 北半分はパリを手本にし、街路を放射状に配置。その中心に、凱旋門の上にエッフェル塔を載せたような姿の 初代通天閣(1912年、高さ64m)を建てた。

いっぽう南半分はニューヨーク、それもコニーアイランドの遊園地を手本にした ルナパークが広がっていた。通天閣とルナパークはロープウェイで結ばれていたという、 いま聞くとかなり大胆な設計だ。ルナパークは1923年(大正12年)に閉園し、いまは残っていない。 街を歩きながら「ここはパリを目指した側か、ニューヨークを目指した側か」と考えてみると、 ただのレトロな下町が、急に野心的な都市計画の跡地に見えてくる。

東京タワーより先に、大阪に建っていた

初代通天閣は1943年(昭和18年)に姿を消す。火災で損傷したうえ、戦時下の金属供出で解体されたためだ。 いまの2代目通天閣は1956年(昭和31年)、地元の人たちの出資で再建された。

その設計者が内藤多仲(ないとう たちゅう)、「塔博士」と呼ばれた耐震構造の権威だ。 内藤は名古屋テレビ塔(1954年)、通天閣(1956年)、別府タワー(1957年)、さっぽろテレビ塔(1957年)を手がけ、 そのうえで東京タワー(1958年)を設計している。 つまり東京タワーは通天閣の2年後。同じ設計者がつくった「塔の系譜」のなかで、 通天閣は東京タワーの先輩にあたる。展望台から街を見下ろすとき、この順番を知っているとちょっと誇らしい。

ビリケンさんは、じつはアメリカ生まれ

足の裏をなでると願いがかなうというビリケンさん。大阪の土着の神様のように思われがちだが、 出自はアメリカだ。1908年に米国の美術家フローレンス・プリッツが考案した幸運の像で、 日本には1912年、ルナパークにやってきて人気者になった。 初代はルナパーク閉園とともに行方不明になり、いまのビリケンさんは1979年に復活したもの(現在は3代目)。 パリとニューヨークを手本にした街に、アメリカ生まれの神様が居ついて100年 ― いかにも新世界らしい来歴だ。

ちなみに「通天閣」という名前は、儒学者の藤沢南岳が名づけたとされる。 意味は「天に通じる高い建物」。エッフェル塔を真似た鉄の塔に、漢籍由来の名前をつける ― この折衷こそが、新世界という街そのものだと思う。

探検隊のホンネ

正直に言うと、新世界は「串カツとビリケンさんの写真を撮って終わり」になりやすい街だ。 実際、初めて来た人の滞在時間は1〜2時間くらいだと思う。 でも、ここが1903年の博覧会跡地で、パリとニューヨークを模した都市計画の産物で、 東京タワーより先に建った塔がある街だと知ってから歩くと、同じ路地がまるで違って見える。 万博のあとに何が残るのかを考えたい人にとって、新世界は夢洲とセットで見ておく価値がある場所だ。 知識を持って行くかどうかで、いちばん体験が変わる街かもしれない。

新世界の歩き方・モデルコース

半日あれば、通天閣も串カツもひと通り楽しめる

  1. スタート 恵美須町・新今宮駅から街へ入る

    最寄り駅から歩き出すと、すぐに通天閣が見えてくる。通天閣本通のアーチをくぐって、レトロな街並みへ足を踏み入れよう。

  2. のぼる 通天閣に上ってビリケンと展望

    まずはシンボルの通天閣へ。展望台からエリアと大阪の街を見渡し、ビリケンさんの足の裏をなでて幸運を願う。

  3. 食べる ジャンジャン横丁で串カツ

    塔を降りたら、ジャンジャン横丁の串カツ屋へ。二度漬け禁止のルールを守って、揚げたての一本をどうぞ。

  4. のぞく 昭和の遊技をのぞいてみる

    横丁にはスマートボールや将棋の店も。昭和にタイムスリップしたような遊びの空気を、ちょっとのぞいてみるのも楽しい。

  5. まわる 天王寺・新世界の下町を散策

    時間があれば、隣の天王寺動物園や下町の路地まで足をのばす。新世界のディープな空気を、ゆっくり味わって締めくくろう。

アクセス

ミナミからも近い、大阪の中心エリア

場所 大阪市浪速区・新世界(通天閣周辺)。通天閣を中心に、ジャンジャン横丁が広がる下町エリア。
最寄り駅 大阪メトロ堺筋線「恵美須町」駅、御堂筋線「動物園前」駅、JR・南海「新今宮」駅からすぐ。
ミナミから なんば・道頓堀から南へ徒歩圏〜ひと駅。ミナミ散策とセットで回れる近さ。
通天閣 展望台は有料(一般900円が目安・料金は変わることがある)。街歩き自体は自由に楽しめる。
ベストな時間 昼は串カツの食べ歩き、夜はネオンが灯って雰囲気が増す。どちらの時間も表情が違って面白い。

はじめての新世界・予習のコツ

ルールと歩き方を、先に知っておくと安心

  1. ルール 串カツは「二度漬け禁止」を守る

    共用のソースは、一度食べた串を漬け直さないのが作法。かけ足したいときは、店に置かれたキャベツですくうのが新世界流。

  2. まわり方 ミナミとセットで回ると効率的

    新世界はなんば・道頓堀から近い。ミナミ散策のついでに南下すれば、大阪の“今”と“昭和”を一日で味わえる。

  3. 時間帯 昼と夜で街の顔が変わる

    昼は食べ歩きがしやすく、夜はネオンが灯ってレトロ感が増す。どちらか迷うなら、夕方から夜にかけてが写真映えする。

  4. マナー 下町の生活の場でもある

    新世界は観光地であると同時に、人が暮らし働く街。お店や路地では、地元の空気に敬意をもって楽しみたい。

公式情報

通天閣 公式サイト

展望台の営業時間・料金・ビリケンさんの最新情報は、通天閣観光の公式サイトでご確認ください。

公式情報を開く ↗

おでかけの準備に

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新世界・天王寺・新今宮エリアの宿泊

新世界まわりは、天王寺・新今宮エリアに手ごろな宿が多い。串カツと夜のネオンを楽しんだあと、歩いて帰れる距離に泊まると便利。宿泊予約サイトで空室と料金を比べてみてほしい。

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大阪市内の交通・きっぷ

新世界はミナミや天王寺と回りやすい。大阪メトロの1日乗車券や周遊プランを旅行予約サイトで探せる。移動のきっぷをチェックしておくと当日ラク。

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大阪の現地体験・チケット・ツアー

街歩きや観光とあわせて、現地の体験・アクティビティ・入場チケットを事前に押さえておくと当日がスムーズ。KKdayなら日本語で予約でき、割引プランやセット券が見つかることもある。

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まわりで食べる

歩いたあとの一食は、混む時間帯ほど席をおさえておくと確実。ネット予約なら空席と価格をその場で比べられる。

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旅のおみやげ・ご当地グッズ

新世界の串カツ気分を自宅でも。大阪の名物・お取り寄せを楽天市場でチェック。

※ 上記のボタンは外部の予約サイトに移動します。空室・料金・きっぷの内容は各サイトの最新表示をご確認ください。本ページはアフィリエイトプログラム(広告)を利用しており、リンク先での予約・購入で当サイトに収益が発生する場合があります。

よくある質問

おでかけ前に気になること

ビリケンさんはどこ?

幸運の神ビリケンさんは、通天閣の展望台に鎮座しています。足の裏をなでると幸運が訪れるといわれ、多くの人がなでていきます。展望台は有料です。料金や営業時間は変わることがあるので、おでかけ前に公式情報でご確認ください。

串カツの「二度漬け禁止」って?

共用のソース容器を使うため、衛生のために一度食べた串を漬け直すのは禁止、というルールです。もう一度ソースをつけたいときは、店に置かれたキャベツでソースをすくってかけるのが新世界流の作法です。

行き方とミナミからの近さは?

大阪メトロ堺筋線「恵美須町」、御堂筋線「動物園前」、JR・南海「新今宮」駅からすぐです。なんば・道頓堀などミナミからも近く、徒歩圏〜ひと駅。ミナミ散策とセットで回るのがおすすめです。

探検隊のはじまりは、万博の記録

このサイトの原点は大阪・関西万博2025。関西の祭りめぐりのついでに、あの半年間の記録ものぞいてみてください。

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